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東京都文京区の歴史
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所在地 文京区本郷2-7 (本郷給水所公園)

 神田上水石樋
     平成二年十月 東京都知事 鈴木俊一 書



 徳川家康が入府した天正18年(1590)頃の江戸は、広大な武蔵野台地の東端に位置する小さな村落であったといわれている。
 神田上水は、家康の江戸入府にさいして、家臣大久保藤五郎忠行が開削した小石川上水がその起源といわれている。
 神田上水は、井の頭池の湧水を水源とする神田川に善福寺川、妙正寺川の水路を合わせ、目白台下野大洗堰に至り、水戸藩邸を通って神田川を懸樋で渡し、神田・日本橋方面の飲み水などに利用していた江戸時代から明治時代はじめの水道である。
 この石樋(石垣樋)は、昭和62年(1987)から平成元年(1989)にかけて発掘された神田上水幹線水路の一部を移築復原したものである。
 石樋の内部寸法は、上幅150cm、下幅120cm、石垣の高さ120~150cmで、長さ約180cm、幅60cm、厚さ30cm前後の蓋石がのせられている。
 江戸水道から現在の東京水道に至る400年を記念し、また、江戸時代遺跡の保存活用を図ることを目的としてここに移築復原したものである。
 平成2年(1990)10月 東京都水道局


                    神田上水石樋の由来碑
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