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東京都文京区の歴史
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所在地 文京区本駒込3-6

 あさ香社跡(落合直文終焉の地)
 落合直文(歌人・国学者1861~1903)は仙台藩主鮎貝盛房の次男として生まれ、国学者落合直亮の養子となった。
 東京大学を卒業し、第一高等中学校や東京専門学校で教鞭をとりながら、国学の研究に従事した。この間、居を転々としたが、明治26年(1893)旧小石川掃除町から、旧浅嘉町78番地(当地)に移り住んだ。翌明治27年(1894)2月町名にちなんで、「あさ香社(浅香社)」という歌塾を創設し、新しい短歌運動をおこした。社友には、鮎貝塊園(実弟)、与謝野鉄幹、尾上柴舟ら30人ほど集まった。ここから、新誌社(鉄幹)、いかづち会(柴舟)など、和歌革新運動が起り、発展していった。直文は和歌のみでなく、「大楠公」「孝女白菊」などの名作も残している。明治36年(1903)この地で没した。
 「木がらしよなれがゆくへの静けさの おもかげ夢見いざこのよねむ」(直文の辞世)
 文京区教育委員会 平成12年(2000)3月

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